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プリンターが使えない?

QSLカードを印刷しようとしたら、こんな表示が出てうんともすんとも言わなくなったプリンター。
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エプソンに交換を依頼すると1万円以上のお金がかかるし、時間もかかるので以前はプリンターを買い換えました。
しかし、今回は10ドルと手間暇をかけて廃インク吸収パッドを交換しました。プリンターはエプソンのEP-805ARです。

まず、蓋を開けてねじを外します。
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この部分が出てきたら、2カ所のねじを外します。
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さらにねじを外してプラスチックのカバーを外していきます。
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廃インク吸収パッド入れが見えてきました。ここもねじを外します。
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取り外した廃インク吸収パッド入れ。
吸収パッドはまだ半分以上余裕がある感じです。
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新しくインクを吸収する物を入れました。これで、しばらくもつでしょう。
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次に、吸収パッドのカウンターをリセットするためにMultimodel Waste Ink Pad Counter reset utility for Epson printers resetというプログラムを使いました。
このプログラムはここから入手しました。
このサイト
PayPalで10ドル支払いました。
困ったのはこの後で、Epsonプリンタウィンドウ3!をアンインストールしなければならないようなのですが、Windows10だとそのやり方が分からなかったのです。あれこれやるうちに、プリンターウィンドウ3が使えなくなるようになったのですが、どうやったかはメモを取らなかったので分かりません。
とりあえず、年度末の超忙しい時期に新しいプリンターを買いに行かずにすみました。

廃インク吸収パッドからインクが漏れることが予想されます。
それを覚悟して試してみてください。その他、予想外の悪影響があるかもしれません。あくまで自己責任でやってください。

今年もよろしくお願いします

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今年も送信機、受信機を作って交信を楽しみたいと思います。
CWや移動運用もいいですね。もちろん、DXも忘れていません。
初交信は明日のQSOパーティーからということで、お相手頂ければ幸いです。

RBNを利用して

RBNを利用して、ちょっとした実験をしました。
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一番下のW7HRはK1で出力5Wの時のレポートです。一番上のW7HRはIC7300で出力100Wの時のレポートです。その差は14dBですね。5Wと100Wでは13dBの差がありますから、ほぼ計算通りの結果となりました。

KB6VSE, K7TR, KU7Tはいずれも10dB台前半ですから、100Wの出力で送信することにより、北米で受信することができたことになります。5Wでは-13dBすると0dBなので、受信することができないはずですし、実際に5Wの時にはレポートがありませんでした。
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今日のコンディションだと、100W出力の方がCQの空振りは少なそうです。

5年が経ちました

昨日、職場では半旗を掲げました。
地震のあった時間には黙祷を捧げました。
早いのか、遅いのか、あれから5年経ちました。
未だ、市内の沿岸部は更地のままです。そして、学区内には仮設住宅があり、住んでいる人たちがいます。

名取市で震災の時に活躍したのは市役所の屋上に設置した430MHzのレピーターでした。
電話も防災無線も使えない時に、自家発電で電源を確保したレピーターで市内の公民館や学校と市役所の回線を確保したのでした。3日、それとも1週間だか忘れてしまいましたが、アマチュア無線が活躍したのです。

私もエレクラフトのK1に電池をつなぎ、A1クラブのOAMにチェックインしてキー局に無事であることを伝えることができました。
ヒョロヒョロのか細い電波だったそうですが、電信だったからこそ届いたのだと思います。
最後の頼みはアマチュア無線です。あってはならないことですが、実際そうだったのです。

さて、先月新車が我が家にやってきました。
スバルのレヴォーグです。
最近、移動運用の機会が激減したので、新車にサブバッテリーを積むかどうか迷いました。
でも、いつ何時何があるか分からないので、重くてガソリンを食うのを承知でサブバッテリーを積むことにしました。
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この設備で、明日の非常通信訓練(第6回感度テスト)に参加します。




納車日

今日はスバルのレヴォーグの納車です。
震災を受けて燃費の良いハイブリッドのアクアに乗ってきましたが、カックンとなる回生ブレーキと電池切れでモーターアシストがなくなった時の悲痛なエンジンの叫びに最後まで慣れませんでした。

でも、燃費は素晴らしかったです。
3シーズンはリッター24~25キロ走ります。(満タン法で計算)
自宅が山の上にあるためですが、自宅から7キロ離れた山の下にある職場まで、1度しかエンジンが働かず、リッター72キロという記録が出た時もあります。(アクアの燃費計による)
しかし、冬場はエンジンが暖まる頃には通勤距離の半分以上を走行しているため、リッター18キロくらいに落ちてしまいます。(満タン法で計算) ハイブリッドは寒い地方を走るのには向いていないのかもしれません。

以前は自分で車のバッテリーから電源を取っていましたが、車を換えるたびにそれが難しくなり、ディーラーにお願いすることが多くなりました。レヴォーグもヒューズ付きの電線(3.5sq)とリレーを渡して、エンジンがかかるとONになる形でバッテリーからトランクルームへ電線を引っ張ってきてもらうことにしました。
移動運用の回数が減ってきたので、サブバッテリーを積むのか迷っています。
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積雪なし

寒の入りを過ぎたというのに、未だに雪が積もっていません。
もちろん初雪は降りましたが、ちょっと降っただけでした。
先代のもっとも遅い積雪の記録が1月2日だそうですから、現在記録更新中です。

初売りで息子が中古車を買いました。
スタッドレスタイヤセットをサービスでつけてくれるというのですが、浜松では雪が降らないのでスタッドレスはいりません。
その替わりに、カーナビをつけてもらいました。
でも、浜松へ行くまでに、福島や那須を越えなければならないことを忘れていました。
もう少し、雪には待ってもらいたいです。

花よどこへ行った?

モールス符号をユネスコ無形文化遺産へ(クリックするとJARLのHPが開きます)という運動があります。
これは大変喜ばしいことですが、このような取り組みがないとCWは本当にじり貧の伝統芸能になってしまいそうです。

確かに私が所属しているFISTSは「国際モールス保存協会」というので、そういう意味では、モールス初心者や経験の浅いオペレータを上達させるには、ベテランが手助けできるクラブが必要だと感じたGeo Longden, G3ZQS(故人)は先見の明があったと言えるでしょう。現在は世界中に4500名のクラブ員を擁する大きなクラブに成長しました。10年前にはFISTSの東アジア支部を立ち上げ、毎週日曜日に朝は7MHzで、夕方は14MHzで欧文のネットをやっています。欧文でやっているのは、日本だけではなく、アジアやオセアニア、たまに北米、年に数回EUからチェックインがあるからです。そういえば、A1クラブにも2000人以上のアマチュア無線家が参加していますし、他のCW関連クラブも年々人数が増えてきているように思います。

しかし、クラブが盛会になるにつれて、お空で聞こえるCWの交信が少なくなってきているのは気のせいでしょうか。
私が初めて電波を出したのは1977年ですが、その頃はWにノビス級のアマチュアがたくさんいて、21MHzでよく相手をしてもらいました。
そんな昔のことを言わなくても、10年前、あるいは15年前には、夕方から夜にかけて7MHzでCQを出せば、WのOMからコールしてもらえたものです。Where have all the OMs gone? いまでは、どこもかしこも599BKであふれていて、ゆっくり欧文ラバースタンプの交信さえ聞こえません。これでは、本気で和文をマスターしなければならない日が来るかもしれません。あ、599BKは好きです。今年の交信数の70%はコンテストの交信ですから。ただ、コンテストモードに入った時と、オフの時とは区別したいと考えています。オフの時にはのんびりと交信したいですね。


理科実技研修会

仙台高等専門学校名取キャンパス(旧名取高専)で研修会がありました。
テーマは6年生理科の「電熱線と発熱」でした。

「電熱線の太さによって発熱の仕方が変わることを調べる」という実験をやったのですが、
この実験はなかなか正確な実験データが得られなくて困っている先生方が多いのです。
そこで、今日はなぜ正確なデータが得られないかを探るということをやっていきました。

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写真の電熱線は5cmですが、最初の実験では10cmでした。
割り箸に発泡スチロールトレイの切れ端をはさみ、電熱線の上に置きます。
発泡スチロールが熱で溶けると、割り箸が下に落ちる仕掛けです。

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私のグループの実験結果はまともでした。
しかし、隣のグループは細い電熱線の場合、溶けきるまで3分以上かかったりしていました。
また、あるグループでは太い電熱線よりも細い電熱線の方が早く溶けた場合もありました。

さて、なかなか正確な実験データが得られなかったのはなぜだかおわかりでしょうか。

4回目の3.11

この日がまたやってきました。
職場では14:46に黙祷をして、子供たちとさようならをしました。(1年生なので帰宅が早いのです)

当時のブログを読み直してみると、震災の1週間後くらいから書き込みがあります。
震災時の様子はCQ誌2014年10月号の別冊付録に多少ですが書いてあります。
どちらも、読むと少しドキドキします。読むことによって、当時のことを思い出すからでしょう。

体育館で卒業式の練習中に被災しました。
練習の最後に歌を歌っている最中でした。
天井からつり下げられている電灯が落ちてこないか、それが心配で天井を見ていた記憶があります。
亡くなったり、けがをした子どもはいませんでしたが、地震に対して己の無力さを感じさせられた瞬間でした。

学校の近くには仮設住宅があり、そこから通学している子どももいます。
名取市では、先日やっと災害復興住宅第1号が完成したばかりです。
まだまだ復興と言うにはほど遠い状況です。人、物、お金がほしいです。
でも、一番嬉しいのは心に留めてもらうことです。
どうか、皆さん、東北のことを忘れないでほしいです。