5年が経ちました

昨日、職場では半旗を掲げました。
地震のあった時間には黙祷を捧げました。
早いのか、遅いのか、あれから5年経ちました。
未だ、市内の沿岸部は更地のままです。そして、学区内には仮設住宅があり、住んでいる人たちがいます。

名取市で震災の時に活躍したのは市役所の屋上に設置した430MHzのレピーターでした。
電話も防災無線も使えない時に、自家発電で電源を確保したレピーターで市内の公民館や学校と市役所の回線を確保したのでした。3日、それとも1週間だか忘れてしまいましたが、アマチュア無線が活躍したのです。

私もエレクラフトのK1に電池をつなぎ、A1クラブのOAMにチェックインしてキー局に無事であることを伝えることができました。
ヒョロヒョロのか細い電波だったそうですが、電信だったからこそ届いたのだと思います。
最後の頼みはアマチュア無線です。あってはならないことですが、実際そうだったのです。

さて、先月新車が我が家にやってきました。
スバルのレヴォーグです。
最近、移動運用の機会が激減したので、新車にサブバッテリーを積むかどうか迷いました。
でも、いつ何時何があるか分からないので、重くてガソリンを食うのを承知でサブバッテリーを積むことにしました。
IMG_3338.jpg
この設備で、明日の非常通信訓練(第6回感度テスト)に参加します。




コメント

No title

長い&短い5年ですね。
あの時の交信、今も思い出します。

我が家の裏の200坪・・20年前にアパートが全壊。法律の規制で集合住宅が建てられないため、今も更地のまま。時々不動産会社が見にきますが、手を出せないようです。

No title

私もあの「揺れ」は未だ記憶が失せることはありませんね。
被災地の早期復興を願って止みません。

No title

Masumiさん、その辺りの規制は難しいですね。
同僚に津波のために住宅を建てられない地区になり、泣く泣く名取市の他の地区に移動した人がいます。
大きな物語でひとくくりにはできない、一人一人の生活があるのですから。
その土地がうまく活用できるようになることを祈っています。

No title

そのうち行かなければと思っていた気仙沼市へ昨日行って来ました。
沿岸部はどこも名取と同じように復興にはほど遠い状態です。

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