震災から2年

亡くなった人は約2万人。
宮城県内にある仮設住宅等に住んでいる人は10万人。
あれから2年経ちました。
沿岸部へ行くと、相変わらず何もない更地が広がっています。

復興予算というのは名ばかりです。
省庁が指定したものにしか使えないのです。
地元のニーズは霞ヶ関の机の上に届きません。
かゆいところに手が届かないというのは、こんな感じなのでしょう。

そんなことばかりも言ってられないので、ここに住んでいる者は手を取り合って生きていこうと思います。
まずは、自分が出来ることをやるしかないですね。

誰にでも出来ること。
それは、この震災を忘れないことです。
そして、それが一番難しいのかもしれません。



コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー) URL